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2016年2月

2016年2月24日 (水)

霞始靆(かすみはじめてたなびく)

雨水 次候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)

稲美野にたなびく霞野良仕事

一日中、トマトの蔓おろし。こういう黙々と行う作業は嫌いではない。どちらかといえば、結構好きかも知れない。下葉を落として、前後左右の蔓が絡み合う蔓をほぐしながら下ろしていく。気をつけないと、ちょっとしたことで蔓が折れてしまう。なかなか、手のかかる仕事です。
一つのことに意識を集中して行う作業は、ヨーガの瞑想に通じるところがあるような気がする。ある種のすっきりとした心地よさが感じられる。

2016年2月23日 (火)

週初めから疲れています……

「昨日、今日と忙しくって……」
こんなカッコいい言葉ならいいのですが、実は「昨日、今日と農作業で疲れてしまって……」なのです。
メールの未読は91通、Feedlyでのブログ未読が190、FacebookもTwitterも山のような未読。よく見てみると大半が必要のないものばかり。自分にとって必要な情報だけに絞り込まないと、どれほど時間を無駄にしているかと再度反省してしまう。

iPadこれが限界朧月

今夜は月が出ているのでiPadで撮ってみる。向かい側のマンションの光が明るいのと、iPadが一昔前の機種なのであまりいい画像を撮ることはできない。最新のiPadならもっとカメラ機能が優れているのかも知れないが……。
でも、不便することはなくまったくこのiPadで十分満足しているので、「ぜんぜん、かまいまへん」です。

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2016年2月21日 (日)

「自分には肩書きは必要ない」

「自分には肩書きは必要ない」

なんて、かっこいいのでしょう。
肩書きを手に入れて、その肩書きを利用して大泣きしたり、妻の妊娠中に不倫をしたり、そんなヤカラが多すぎます。政治家という肩書きが手に入れば何をしてもいいなんて、大間違いです。

今日は『漱石の日』だそうです。なぜ『漱石の日』なのかといえば、「1911(明治44)年、文部省が作家・夏目漱石に文学博士の称号を贈ると伝えたのに対し、漱石は『自分には肩書きは必要ない』としてこれを辞退した。」(かわうそ@暦)だからだそうです。
肩書きを求めるのは悪いことではないでしょう。その後が問題です。肩書きに見合うような働きをしているかどうかが大切なのは、誰もが分かっていることです。肩書きを手に入れた人は、手に入れるための努力以上の働きをして、その肩書きに恥じないようにしていただきたいものです。

2016年2月20日 (土)

ドライトマト

朝から結構な量の雨が降りつづく。気温も低く肌寒い。
この天気だとせっかくの休みだというのに、出掛ける気にならない。
毎日新聞の『日々刻々』を覗くと、今日の季語は「犬ふぐり」だった。何を隠そう、私はこのコーナーの大ファンなのです。「犬ふぐり」は子供の頃から目にしている植物ですが、実は「犬ふぐり」という名前を持つ植物として認識したのは季語に興味を持ちだしてからのことなので少し前からなのです。
ちょっと歩けば「犬ふぐり」の生えていそうな場所へ行けます。傘をさしての散歩もいいかもしれません。

犬ふぐり雨の散歩を思い立つ

犬ふぐりか弱きこころ雨に揺れ

「犬ふぐり」とは全然関係のない話題ですが、昨日からドライトマトを作っています。
この件は、また後日報告します。

2016年2月19日 (金)

土脉潤起(どみゃくうるおいおこる)

雨水 初候 土脉潤起(どみゃくうるおいおこる)

雪汁や潤い欲しい歳になり

仕事は休み。天気は上々。
どこかへ出掛けたいのは山々なのですが、自動車保険の満期手続きや会社とハローワークへの提出書類の準備、手配など、しておかなくてはいけないことが山盛りある。今日1日我慢して済ませてしまえば、急ぐ用件は終わってしまう。
しゃぁない、頑張ってやってまおかぁ!

2016年2月16日 (火)

早くもカエル

毎日、ほぼ一日中トマトと格闘しています。
下葉かきやわき芽取り、蔓おろし、収穫に出荷準備、そして出荷。
今までは何も考えずにトマトを食べていましたが、スーパーの棚に並ぶまでにはこんなにも手間が掛かるということを知ると皿に乗っているトマトが光って見えてくるようです。
今日、トマトのハウスで収穫をしていると視界の端の方で何か大きなものが動いているのを発見した。動くというよりも、飛び跳ねている。驚いて見ると、何とカエルだった。しかも大きなカエル。ハウスの中で冬眠していたのだろうか。それとも冬眠から目覚めたけれども、寒さが戻ってきたのでハウスの中へ避難してきたのだろうか。
恐らく、この時期にカエルを見たのは60年間生きてきて初めてのような気がします。ハウス内には他に誰もいなかったので、何かうれしくてしばらくのカエルを追いかけ回してしまいました。

初蛙トマトハウスで伸びをする

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2016年2月14日 (日)

魚上氷(うおこおりをいずる)

魚上氷(うおこおりをいずる)

春。暖かくなり湖や川に張っていた氷が割れて、氷下で泳いでいた魚が氷の上に跳ね上がる頃だそうです。
ところが今日は氷が割れるどころか、水がぬるま湯ではないかと思わせるほどの暖かさ。でも、兵庫県の南部では強風波浪警報が出されるくらいの強い風が吹いいていた。
これは『魚上氷』と同時に『春一番』なのか?
明日からは、また寒さが戻ってくるそうな……。

2016年2月 9日 (火)

農業2日目

南の空にシリウス、東の空にレグルスを眺めながら風呂上がりのベランダビールを飲んでいます。
農業2日目の身体はかなり疲れています。何十年と農業をされている方からすれば「あほちゃうか」と言われそうですが、還暦過ぎの農業初心者にとっては結構堪える1日でした。でも長い間こういう身体の使い方をしていないためなのか、大げさかもしれませんが『動物として1日生きた』という気持ちのいい疲れです。年寄りは何日か後に身体に影響が現れるので、今週後半が大変かもしれない。
昨日のお土産はトマト。本日のお土産はキャベツ。いただいてしまいました。

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2016年2月 8日 (月)

農業1日目

生まれて初めて仕事として農業をした。
慣れない仕事や新しい人たちとの出会い。とにかく疲れてしまった。
今夜は何も書けない。

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2016年2月 7日 (日)

明日から仕事として農業します

明日から、仕事として農業に関わっていきます。今まで農業経験はなく右も左も分からない分野の仕事ですが、長年関心の高かった仕事なので大切に働かせていただきたいと思っています。

推敲

俳句の推敲は重ねればか重ねるほど迷路に入り込んでしまい、正しい出口へたどり着くことができなくなってしまう。そんなことが、よくある。結局、はじめに作った句が最も出来がいい句であることがよくある。
想像だが、推敲は俳句の熟成みたいなもので、少し時間をかけて行うほうがいいのかもしれない。作った直後から、ああでもない、こうでもない、と俳句を弄るよりも、少し時間をおいて離れた場所から客観的に俳句をみることで、視線の方向が変わり新しい発想も生まれてくるのかもしれない。
これは俳句だけではなく、上手に生きていく上でも有効な方法なのだろう。

推敲や朧夜の森迷い込み
推敲を重ね朧夜道迷い

2016年2月 6日 (土)

衣更着

曇り空。やはり2月の曇りの日は肌寒い。
如月。旧暦2月の異称ですが、旧暦2月といえば新暦の3月中頃からなので、ちょうど桜が開花する頃です。『花冷え』とい言葉にもあるように、花見時期の肌寒さ。この時期に1枚重ね着をすることから『如月』は『衣更着』とも呼ばれているそうです。
旧暦からみれば今日の寒さは、春初めの肌寒さではなく去りゆく冬の寒さということになるのでしょうか。
曇り空。寒い。憂鬱な気分。ヨーガで身体を伸ばし、気持ちも少しは春気分に回復しました。

愁い空如月の朝肌寒し

如月の曇天愁いヨーガする

2016年2月 5日 (金)

かどがとれた空気になりました

柔らかな日差しの朝です。
ベランダに出て深呼吸してみると、冬の刺すような痛い空気ではなく、なんとなく角が取れ和らいだ空気に少しづつ変化しているように感じます。
私は出かける時にいつもバッグに入れて持ち歩いている本があります。角川ソフィア文庫の『俳句歳時記』です。春、夏、秋、冬、新年と季節ごとに分けられた文庫本です。立春の昨日からは『俳句歳時記・春』に替えています。今の時期のように季節の入れかわる頃にはそれぞれの季節が一冊にまとまったものの方が役立つのですが、私は嵩張るので季節ごとの方を持ち歩いています。
歩いていても、ふとした事で季節を感じることがあります。そんな時にはどんな言葉で表現してきたのかを知るのに、とても役立ち新しい発見もあります。
今日などは、『春浅し』と『春めく』の中間くらいでしょうか。

和らいだ朝日差し込み寒明けぬ

背伸びして深呼吸する春の朝

さあ、出掛けます。

2016年2月 4日 (木)

ブログ『日々刻々』を始めます

立春 初候 東風解凍(はるかぜこおりをとく)

二十四節気の最初の節です。
今日から、ブログ『日々刻々』を始めます。何事かを新しく始めるにあたって、これほど相応しい日はないように思います。
日々、刻々と時は流れ、様々な物事が変化して行きます。そのような変化を自分なりに切り取り記していきます。

立春や出でし朝日に笑顔する

来週の月曜日から、農業を仕事として始めるっことになりました。
以前から農業には高い関心を持っていましたが、諸事情もありなかなかいい機会に恵まれませんでした。右も左も分からない農業ですが、実現可能かどうかは別にしていろいろな計画も持っています。農業が人生最後の仕事となるように努力したいと思っています。

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